藤井一行 著書・訳書(2004年3月現在)
Книги Икко Фудзии (Переводы и Сочинения)
(インターネット上のWeb出版を含む;著訳書の概要は各出版社のHPでご覧いただけます。)
ルナチャールスキー『芸術表現の自由と革命』 1975
Луначарскии:Свобода выражения в искусстве и революция
初期のソヴェト政権のもとでは、スターリン時代、ネオ・スターリン時代に比べて創造の自由が
はるかに豊かに保障されていて、ソヴェト・ルネサンスが現出していた。そのことを当時の
教育人民委員(文化大臣に相当)のルナチャールスキーの論文・演説で紹介した。
企画は、篠原敏武氏がすすめてくれた。氏はいまフィンランドに在住し、
日本でのフィンランド文学の翻訳・紹介にあたっている。
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『社会主義と自由』 1976
Социализм и свобода
社会主義の体制は本来、社会的自由と両立しないものなのかをマルクス=エンゲルスやレーニンの
著作、ロシア共産党の綱領上の展望や初期ソヴェト政権の政策に即して明らかにしようとした。私
の処女作で、『現代と思想』誌の編集にあたっていた西山俊一氏が企画を担当してくれた。
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『スターリン問題研究序説』(中野徹三・高岡健次郎・藤井一行編著)1977
Сбоник. О Сталинщине
藤井論文「スターリンと党内民主主義」
Сталин о внутрипартийной демократии
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『ロシアの思想と文学』(金子幸彦編)1977
Сборник: Русская мысль и летература
藤井論文『ベリンスキイにおける芸術の存在理由をめぐる諸問題 』
Белинский о роли искусства в обществе
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『民主集中制と党内民主主義』 1978
Демцентрализм и внутрипартийный демократизм
スターリン主義的共産党では、民主集中制という組織原理をかかげて事実上、党内民主主義が
形骸化され、上意下達の原理がまかりとおっているが、それはスターリン体制の所産でレーニン
時代には民主主義と中央集権との両方の契機が歴史状況におうじて弾力的に運用されていたし、
そのようなものとして自覚されていたことを明らかにした。
日本共産党の首脳は本書をはげしく敵視した。
西山俊一氏の企画推進によるもの。
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『反逆と真実の魂ーーベリンスキイの生涯と思想』 1980
Жизнь и идеи Белинского
ベリンスキイとは、19世紀ロシアの革命的思想のにない手で文芸批評家。
いくたの大作家の才能を見いだし、世に送り出した。二葉亭四迷も影響を受けた。
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『ロシア解放思想の先駆者ーーチェルヌイシェフスキイの生涯と思想』
Предшественнник освободительной идеи в России. Чернышевский
(金子幸彦他編)1981
藤井論文「文芸批評」
Литературная критика
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『トロツキーとゴルバチョフ 』(上島武・中野徹三・藤井一行共著)1987
Сборник.Троцкий и Горбачев
一見、奇異なとりあわせのタイトルだが、ゴルバチョフのペレストロイカ政策は、多くの面で、
スターリン体制と闘いつづけたトロツキーの変革指針を、受け継ぐと意味づけうることを示した。
青木書店を退社して窓社を立ち上げた西山俊一氏によるソヴェト社会主義関連の最初の書物。
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トロツキイ『ソ連はどこへーー裏切られた革命』 1988
Троцкий: Куда идет СССР? Преданная революция
スターリン体制のもとでソヴェト政権が変質させられていることを糾弾し、
官僚絶対主義にたいする新たな補完革命をよびかけている。
岩波文庫版『裏切られた革命』の原型。
(ハードカヴァー上質紙;残部あり、希望者には送料(着払い)
のみの負担で無償でさしあげます)
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『共産党組織のペレストロイカ 』 1989
Перестройка организации коммунистической партии
ゴルバチョフのペレストロイカのもとで共産党そのものの組織改革の動き、
党史の見直しの様子を考察した。
「詭弁と詭計はいかにして勝利したか」という補論では、
トロツキー追放の<論理>を究明している。
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トロツキー『新路線』1989
Троцкий: Новый курс
スターリン支配の初期に、官僚主義化しつつあるボリシェヴィキ党の改革を
訴えた諸文書を収録。
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『民主集中制とペレストロイカーーレーニン時代の組織原理 』1990
Демцентрализм и Перестройка
『民主集中制と党内民主主義』の増補版で、共産党首脳の不破・榊両氏にたいする反批判として
「『批判の自由と行動の統一』の解釈をめぐって」という補論などを加えた。
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トロツキー『われわれの政治的課題』(故・左近毅さんとの共訳)
1990
Троцкий: Наши политические задачи
革命まえに早くも、党が階級にとってかわる「代行主義」(官僚主義+党独裁)の危険を察知して
警告を発した若き日の記念碑的文書。
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『レーニン「遺書」物語』
1990
Рассказ о <Заветах >Ленина
ペレストロイカの進行にともなって公表されるようになった史料によって、レーニンの遺訓に
そむいた者がトロツキーではなく、スターリンであったことを説いた。
下記の
『共産党への手紙』の編者である有田芳生氏に企画・執筆面で協力を得た。
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『共産党への手紙』(松岡英夫・有田芳生編)1990
Письма к КПЯ
藤井論文「日本共産党にもペレストロイカとルネサンスを!」
日本テレビ「ザ・ワイド」のコメンテーターの有田さんが編者。この本の経緯については
有田さんのホームページの
「共産党」に詳しい解説がある。
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『 知られざるエリツィン――ロシア史上初の大統領 』1991
Неизвестный Ельцин
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『
新ロシアの基本問題――エリツィンは訴える 』 1992
Основные проблемы Новой России
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『
新ロシア革命――エリツイン政権の基本的性格 』 1992
Новая Российская революция
以上のエリツイン関係の書物は、1991年のクーデター未遂事件の直前に訪ソして、現地で収集した
資料を駆使して、エリツインの闘いの意味を探ったもの。日本では、かれの風貌ややや奇矯な
言動から否定的にとらえる傾向があるが
、1991年夏のエリツインとその同志たちの死を賭しての
決起(クーデター阻止の)がなかったなら、ペレストロイカが水泡に帰し、
新スターリン体制ができあがったにちがいないという事実に眼をそむけている。
(ハードカヴァー上質紙;残部あり、送料(着払い)のみの負担で、無償でさしあげます)
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トロツキー『裏切られた革命』(岩波文庫版)1992
Троцкий: Преданная революция
窓社版の『ソ連はどこへ』を部分的に改訂し、文庫に収録したもの。
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トロツキー『社会主義と市場経済』(志田昇氏との共訳)1992
Троцкий: Социализм и рыночная экономика
後進国での社会主義には、生産力を高めるための長期にわたる市場経済の過程が不可欠であることを
説いている。いまの中国はトロツキーのその提言を知ってかどうか、その道を歩んでいるかに見える。
共産党の不破哲三氏は2002年8月、中国の学者たちにむかって
「レーニンと市場経済」という講演を
おこなったようであるが、講演の概要を見るかぎり氏がトロツキーのこの本を読んでいる形跡はない。
レーニンは革命当初は市場経済に否定的であったが、のち方針を変えたなどと言っているが、
その変遷の経緯についての論及はない。不勉強のせいか、依然としてトロツキー=ユダ伝説に
とらわれているせいか? 恥ずべき国際的時代錯誤!
ボリシェヴィキ党の第12回大会について研究すれば、その
根拠と提言者がすぐわかるのに。
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『野坂竜の逮捕をめぐって』 1996
『粛清されていた邦人日本語教師たち』 1996
(いずれもWeb 出版)
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トロツキー 『ロシア革命史』(岩波文庫、全5冊)2000-2001
Троцкий: История русской революции
ソ連解体後、スターリン主義にたいする弾劾に連動して、十月革命をその根元ととらえ、二月革命は
肯定しながらも十月革命はボリシェヴィキによる不当なクーデターとする見方が内外に生まれた。
本書はそうした認識の当否を吟味するうえできわめて重要な意味をもつ。
十月革命は二月革命を補完するものであり、スターリン主義体制の形成は、1917年の2月と
10月のロシア革命にたいする裏切りによってもたらされた。それが私の今日の結論である。
ライフワークの名に値するこの訳業には定年退官直前からの5年の歳月が費やされた。
文字どおり朝から晩までの作業がほぼ毎日続いた。5年分の命が縮まった思いであった。
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日本におけるトロツキー研究の先達である上島 武氏(大阪経済大学教授・元同大学学長)は、
ロシア革命について次のように記している。
「一考すべきは、今日ロシア革命に向けられている大方の批判と清算的評価は、革命がその後経験した
堕落・変質の諸結果によるものであって、堕落・変質ともっとも精力的に闘ったのがトロツキーで
あったこと、そして、これが是正されぬ限り、革命の挫折もソ連の崩壊も避けられないとしたのは、
ひとりトロツキーのみであったということである。」
(
ユーラシア研究所編・東洋書店刊行
『ユーラシア研究』第27号、2002年11月)
まったく同感である。
そして、氏は私の訳業についてはつぎのような評価をいただいた。
「われわれは望みうる最高の新しい日本語訳を手にすることができた。
特筆すべきは訳者・藤井一行氏によって行われているテキスト類の比較対照と、
その入念きわまる吟味である・・・従来の山西訳がマックス・イーストマン訳の英語版を
底本にしていたのに対し、新訳は各種ロシア語版に始まり、
トロツキー自身による修正原稿までを参照している。」
「新訳書は翻訳大国日本が生んだ翻訳文化を象徴する新たな金字塔である。
訳者に深い敬意を表するとともに、広範な読者を得ることを期待してやまない。」
訳者としてまことに身に余る光栄であり、訳業に多年にわたって心血を注いだ苦労が
氏によるこのような評価で報われた思いである。
トロツキー 『ロシア革命史』関連情報 (画像など追加情報を用意してある)
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中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権』大村書店、2003
Сборник:Похищение.Государсство.Права человека
藤井一行
「北朝鮮体制とスターリン体制」
Икко Фудзии
Режим Северной Кореи и сталинщина